先日、図書館でパパが借りてきた本【子どもの自己肯定感を高める10の魔法のことば】が良かったと言ってきました(*’ω’*)
私も子どもの自己肯定感を高める10の魔法のことばを読んでみたところ「なるほど~」と思わされることが多かったので、ご紹介したいと思います!
また、ついつい言ってしまう、子どもの自己肯定感を引き下げる3つの 呪いの言葉。
子どもの自己肯定感を引き下げる3つの 呪いの言葉もあわせて紹介いたします。
子どもの自己肯定感を高める言葉、反対に「呪い」となってしまう言葉
親が子供にかける毎日の言葉。何気なく言っているつもりでも、親が意図したのとは違う意味で子供は捉えていたり、子供にとっては「呪い」のような言葉だったりするという内容の書籍です。
「呪いの言葉」とは、例えばこういった言葉のことです。
「早くしなさい!」
「ちゃんとしなさい!」
「勉強しなさい!」子供に向かって、毎日こんな言葉をかけていませんか?こんな言葉たちが、子供の自尊心をつぶしています。
石田勝紀著 集英社出版 「子どもの自己肯定感を高める10の魔法のことば」
親が使う言葉を変えると、子供の自己肯定感は高まり、学力も驚くほど伸びていきます。
魔法のような言葉がけを、ぜひ今日から試してください。
私自身の環境について
私自身は、3歳から17歳まで父の仕事の都合でアメリカに住んでいました。
いわゆる「帰国子女」というやつですね(‘-‘*)
そのため、脳内の考え方がわりとアメリカ的になっています。
具体的にどんな感じかというと、楽観的でプラス思考、楽しいことが大好き。「子供は子供、自分は自分」。「親子」というよりは「家族」という意識です。
言葉だけでは伝わりにくいかもしれませんね( ´ー`)
これから今回読んだ本からいくつかの内容を引用しながら、ご説明していきたいと思います。
今では次男のお友達のママなどからは「いつも楽しそうで、次男のことも大好きなのが伝わってくるお母さん」に見えているようですが、こんな私も長男が幼稚園児だった頃はぜんぜん違いました。
長男がちょっと変わっている?のもあり、1人目の子供で手探り状態で子育てをしていたのもあって、長男と対立して泣きながら途方に暮れることもよくありました。
そんな長男との昔の思い出を思い返すきっかけもくれた内容の本なので、昔話も合わせてご紹介したいと思います(#^^#)
日本独特?「偏差値」という呪い
アメリカでは、多くの子供たちは小学校・中学校・高校と住んでいる学区によって通う学校が決まっています。
受験などはなく、エスカレーター式に高校まで進んでいきます。
私立の高校に進む子もいますが、裕福な一部の子どもたちのみという印象でした。
テレビなどで見たことがあるかもしれませんが、黄色いスクールバスが迎えに来てくれて、みんなで乗り合って学校へ行きます。
ちなみに高校だけは、16歳から車の免許が取得可能なので(住んでいる州によって、何歳から免許が取得可能かが違いました)自分の車を持っている子はマイカー通学可でした。
まえおきが長くなってしまいました(笑)
とにかく、私は「偏差値」という言葉自体知りませんでした。認識したのはつい最近、長男のお友達のママが「上の子がもうすぐ受験だから~」という内容の話をしていたときでした。
「受験?」
「偏差値?」
「えっ、受験しないと高校入れないの!?」
もう頭の中はパニックです(笑)
でも、この「偏差値」というシステムが日本の子供たちに「呪い」をかけていたのですね。
私が30年以上にわたり教育の現場に身を置いてわかったことは、
「日本のほとんどの子どもたちは、テストの成績によって自己肯定感をつぶされている」ということでした。
小学校の低学年ぐらいまでは「学び」はまだまだ「遊び」の延長にあります。
しかし、3,4年生にもなれば中学受験を意識して塾に通い始める子どもが増え、入室テストや模擬テストなど、「ふるい」にかけられる機会が出てきます。
中学に上がれば、中間・期末の定期テストが始まり、結果はシビアな点数として視覚化され、子どもたちの中で無意識に順番づけが行われていきます。
ここを読んだだけでも、「偏差値」を知らない私には恐怖を覚えるレベルの内容でした。
想像しただけでも恐ろしいので、子どもたちにとってはとんでもないストレスですよね。
さらに内容は続きます。
さらに高校受験では「偏差値」がより身近な物差しとなって「学校の序列化」が行われ、学力の優劣はだれの目にもわかりやすくさらされることになります。
その結果、大多数の子どもたちが「学力が自分という人間の価値である」と思い込み、錯覚し、自信をなくしてしまうのです。
この文章を書いているだけで寒気がしてきます( ノД`)
こういった環境で我が子たちも成長していくのかと思うと、「この先大変なんだな・・勉強については話しかける内容を気をつけないと」という気持ちが強くなりました。
それと同時に、「受験」や「偏差値」という環境があるから親子の関係も上下関係が強くなる傾向があり、「子供を良い高校に入れてあげたい」という気持ちが芽生えるのかなと感じました。
受験とは縁がなかった私でも、日本で子供を産んで「受験しないと高校に入れない」という事実を知ってからは「受験する=勉強ができないといけない」という概念が脳内に刷り込まれていっているのを自分でも感じます。
受験の事実を知ってからしばらくは長男に強く当たってしまった時期もありました。
親子関係は悪化して、お互いに嫌な気持ちを覚えながら毎日を過ごしていた時期が4ヶ月ほどあったと思います。
毎日毎日長男に当たりちらした後、ある日突然自分の中で思いました。
待てよ。受験して良い高校に入ったとしても、社会に出てから「学力が高いこと」が人生を左右するのかな?
どこの高校に入るのかって、そんなに大事なことなのかな?
我が家のパパは、公立高校に入れなくて、私立の高校に入ったと言っていました。
高校は無数にあって、偏差値によって行き先が分かれることも教えてもらいました。
最初に高校の話を聞いたときは、やっぱり「学力の高い高校に入れないと」という思いが芽生えました。
でも、そのあと思ったのです。「高卒で働き始めた」のか「大学に通ったかどうか」の違いならまだしも、「どこの高校に通ったか」がそんなに重要なのかな?と。
パパが言うには、「どこの高校に通ったか」によって「どこの大学に通えるか」がおのずと決まってくる。だから、高校選びも重要だ。という内容でした。
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